独立する前、私が信じていた「正解」
かつての私は、建築士として「非の打ち所がない美しい空間」を作ることが、正義だと信じていました。
建築家がすべてをコントロールし、完成した瞬間こそが100点満点。そこから一歩も動かさないことが、施主への誠実さだと思っていました。
しかし、多くの家を設計し、多くのその後の暮らしを見守る中、一つの疑問が浮かび上がりました。
雑誌で見るような高級な材料で隅から隅まで作り込まれた家に住むことは果たして幸せなんだろうか、、
建築家がすべてをコントロールし、完成した瞬間こそが100点満点。そこから一歩も動かさないことが、施主への誠実さだと思っていました。
しかし、多くの家を設計し、多くのその後の暮らしを見守る中、一つの疑問が浮かび上がりました。
雑誌で見るような高級な材料で隅から隅まで作り込まれた家に住むことは果たして幸せなんだろうか、、
実験的な自邸
むしろ私は素朴な素材で、あえて作り込みすぎず、余白を残し、住み手が暮らしの中で少しずつ作りあげていくような、そんな家に住みたいと思うようになりました。
千利休(せんのりきゅう)は、**「家はもらぬほど、食事は飢えぬほどにてたることなり」**という言葉を遺しています。
この言葉の真意は贅沢を追わず、必要最低限の質素な生活こそが心豊かで、茶の湯の精神(わび茶)の本質であるとといているのですが、
過剰な装飾を削ぎ落とした先に現れる”現代の侘び寂びの美”にふれるような家に暮らしてみたいと思うようになりました。
2025年6月に完成した自邸「裏の家」は、
モルタルやラワン合板など素朴な素材であえて作り込みすぎず、
無いものは少し足し、
磨くように家を使い込んでいく先に、きっと
民藝にも通じる「暮らしの美」が姿を表すのではないかという仮説をもとにした実験的な住宅でした。
千利休(せんのりきゅう)は、**「家はもらぬほど、食事は飢えぬほどにてたることなり」**という言葉を遺しています。
この言葉の真意は贅沢を追わず、必要最低限の質素な生活こそが心豊かで、茶の湯の精神(わび茶)の本質であるとといているのですが、
過剰な装飾を削ぎ落とした先に現れる”現代の侘び寂びの美”にふれるような家に暮らしてみたいと思うようになりました。
2025年6月に完成した自邸「裏の家」は、
モルタルやラワン合板など素朴な素材であえて作り込みすぎず、
無いものは少し足し、
磨くように家を使い込んでいく先に、きっと
民藝にも通じる「暮らしの美」が姿を表すのではないかという仮説をもとにした実験的な住宅でした。
「廃墟」のなかで、自らの設計を呪う
引っ越してから半年ほどたった先日、私の身体はその「美学」に殺されかけました。
風邪で40度近く熱が上がり、数日間もうろうとした意識の中、私の精神は極限まで削られていきました。
熱に浮かされながら見上げたあらわしの天井は、かつての私なら『素朴な美』と呼んだはずのものでした。ただし弱りきった私には、それはただの無機質な物質が積み重なった、冷たい**『廃墟の沈黙』**にしか見えなかったのです。
「なぜ、わざわざこんな寂しい家を設計してしまったんだ」
自分が美しいと信じ、心血を注いだはずの設計を、自分自身で呪いたくなる。その突き放されたような孤独は、建築という仕事を生業にしている私には胸をナイフで刺されるほどの恐怖でした。
風邪で40度近く熱が上がり、数日間もうろうとした意識の中、私の精神は極限まで削られていきました。
熱に浮かされながら見上げたあらわしの天井は、かつての私なら『素朴な美』と呼んだはずのものでした。ただし弱りきった私には、それはただの無機質な物質が積み重なった、冷たい**『廃墟の沈黙』**にしか見えなかったのです。
「なぜ、わざわざこんな寂しい家を設計してしまったんだ」
自分が美しいと信じ、心血を注いだはずの設計を、自分自身で呪いたくなる。その突き放されたような孤独は、建築という仕事を生業にしている私には胸をナイフで刺されるほどの恐怖でした。
なぜ、私は「不完全な家」を求めるのか
少しずつ回復の兆しが見えてきても恐怖で自邸のことを深く考えることができませんでした。
私自身の体験によって「住まいとしての不寛容さ」を証明してしまうという恐怖があったからです。
それでも、少しずつ日常が戻り始めると、日常のふとした瞬間に私の求めていた素朴な美が目にはいるようになりました。
朝日が土間のコンクリートを照らす光や
柱に残る歴史の余韻。
そんな瞬間に立ち会うたびに「あぁいい家だな」と再認識することが増え、
この家の残酷な部分を垣間見た後でもこの家を設計して良かったと感じることができました。
そんな日常の中、新たな疑問が湧いてきました。
なぜ私は精神を削られるような思いをしてまでこの不完全な家を求めるのか、、
家が単なる「住むための器」であれば、完璧な機能だけがあればいいはずです。
私自身の体験によって「住まいとしての不寛容さ」を証明してしまうという恐怖があったからです。
それでも、少しずつ日常が戻り始めると、日常のふとした瞬間に私の求めていた素朴な美が目にはいるようになりました。
朝日が土間のコンクリートを照らす光や
柱に残る歴史の余韻。
そんな瞬間に立ち会うたびに「あぁいい家だな」と再認識することが増え、
この家の残酷な部分を垣間見た後でもこの家を設計して良かったと感じることができました。
そんな日常の中、新たな疑問が湧いてきました。
なぜ私は精神を削られるような思いをしてまでこの不完全な家を求めるのか、、
家が単なる「住むための器」であれば、完璧な機能だけがあればいいはずです。
家は「機能的な人の器」+「第三の皮膚」である
その答えは、家が「機能的な器」という側面と「衣服に近い第三の皮膚」としての役割があるからだと考えています。
家の機能的な人の器という側面は言わずもがなでしょう。
衣服に近い第三の皮膚として家を考えてみましょう。
ファッションはあえてダメージを施したり、”外し”というあえて違うテイストを組み合わせたりする「不完全さ」を楽しみます。
家は機能的な器に加えて、人の命を包み込む**「第三の皮膚」**だからこそ、完璧に統一された堅苦しい空間よりも、自分の揺らぎや気分を受け入れてくれる「余白」や「外し」が必要なのです。
家の機能的な人の器という側面は言わずもがなでしょう。
衣服に近い第三の皮膚として家を考えてみましょう。
ファッションはあえてダメージを施したり、”外し”というあえて違うテイストを組み合わせたりする「不完全さ」を楽しみます。
家は機能的な器に加えて、人の命を包み込む**「第三の皮膚」**だからこそ、完璧に統一された堅苦しい空間よりも、自分の揺らぎや気分を受け入れてくれる「余白」や「外し」が必要なのです。
長年愛用しているバーバリーのステンカラーコートのような家
冒頭でも伝えたように、自邸「裏の家」は、素朴な素材であえて作り込みすぎず、余白を残す。それが私の理想の「美」でした。
それをファッションの文脈で解釈すると、完成された”見栄えは良いが動きずらいスリーピーススーツのような建築家の自邸”ではなく、
私が長年愛用しているバーバリーのステンカラーコートのような、
ダメージジーンズを履こうが、
ワイドパンツを履こうが
キャップをかぶろうが、さまになるようにしてくる自邸。
子供の絵や、
古道具屋で目が合った古道具、
オリジナルで作った家具
全てまるっと馴染むような、そんな寛容な第三の皮膚としての自邸にしたかったのだと思います。
長くなりましたが、高熱にうなされた経験はできればしたくありませんが、それによってこの自邸の新たな側面を垣間見ることができて良かったと思っています。
私はこの家と本当の意味で共に生きている実感があります。
最後にこの気づきを運んでくれた全てのことに感謝して終わりたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
それをファッションの文脈で解釈すると、完成された”見栄えは良いが動きずらいスリーピーススーツのような建築家の自邸”ではなく、
私が長年愛用しているバーバリーのステンカラーコートのような、
ダメージジーンズを履こうが、
ワイドパンツを履こうが
キャップをかぶろうが、さまになるようにしてくる自邸。
子供の絵や、
古道具屋で目が合った古道具、
オリジナルで作った家具
全てまるっと馴染むような、そんな寛容な第三の皮膚としての自邸にしたかったのだと思います。
長くなりましたが、高熱にうなされた経験はできればしたくありませんが、それによってこの自邸の新たな側面を垣間見ることができて良かったと思っています。
私はこの家と本当の意味で共に生きている実感があります。
最後にこの気づきを運んでくれた全てのことに感謝して終わりたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。