
築45年のリノベーション現場。 いよいよ来週から解体工事が始まる、という直前のことです。
家の中のものを片付けていく中で、ふと義理の母が呟きました。
「この雪見障子、おじいちゃんが気に入っていたものだから、捨てるのは忍びないね…」
確かに見ると、古いけれど作りはしっかりしている。
さらに奥の和室には、立派な「襖(ふすま)」もありました。 悠長に考えている時間はありません。
数日後には解体業者さんが入ってしまいます。 「よし、じゃあこれらは残しましょう」 私は家族と一緒に、解体屋さんの手が入らないガレージの奥へと、障子と襖を急いで避難させました。
家の中のものを片付けていく中で、ふと義理の母が呟きました。
「この雪見障子、おじいちゃんが気に入っていたものだから、捨てるのは忍びないね…」
確かに見ると、古いけれど作りはしっかりしている。
さらに奥の和室には、立派な「襖(ふすま)」もありました。 悠長に考えている時間はありません。
数日後には解体業者さんが入ってしまいます。 「よし、じゃあこれらは残しましょう」 私は家族と一緒に、解体屋さんの手が入らないガレージの奥へと、障子と襖を急いで避難させました。
リノベーションは「現場」で起きている。
正直なところ、この障子と襖を使うと決めた時点で、図面上の計画は一度白紙に戻りました。 素材の組み合わせや、光の入り方も、すべて調整し直さなければならないからです。
でも、リノベーションの面白さはここにあると僕は思っています。
机の上で描いた図面は、あくまで「仮の答え」に過ぎません。現場で解体してみて初めて現れる光や、今回のように救出された建具……そうした「予期せぬ要素」に出会った時こそ、設計者の腕の見せ所です。 「決まったことだから」と思考停止せず、より良い答えがあれば、その場で柔軟に計画を書き換える。 そのライブ感のような柔軟性が、家づくりに深みを与えてくれるのです。
でも、リノベーションの面白さはここにあると僕は思っています。
机の上で描いた図面は、あくまで「仮の答え」に過ぎません。現場で解体してみて初めて現れる光や、今回のように救出された建具……そうした「予期せぬ要素」に出会った時こそ、設計者の腕の見せ所です。 「決まったことだから」と思考停止せず、より良い答えがあれば、その場で柔軟に計画を書き換える。 そのライブ感のような柔軟性が、家づくりに深みを与えてくれるのです。
祖父から子供へ、記憶のバトンを渡す
こうして、僕は救出した古い建具たちに新しい居場所を与えました。
雪見障子は、玄関土間へ。 東からの朝日を柔らかく拡散し、夏は白く、冬は暖かく、季節ごとの光を届けるスクリーンとして機能しています。
ふと忙しい朝に、この障子越しにぼんやりと光を眺めていると、不思議と心が凪いでいく感覚があります。 「ああ、おじいちゃんも昔、この障子を通して同じような光を見ていたのかな」 そう想像すると、時間の流れが少し緩やかになる気がするのです。
そして今、その横を子供たちが走り回っている。 祖父が見ていた景色を、僕が受け取り、さらに子供たちが無意識のうちに記憶に刻んでいる。 そうやって、光や景色を通して**「記憶のバトン」**が渡されていることに気づいた時、あの日、埃まみれになってガレージへ運んでよかった思うのです。
雪見障子は、玄関土間へ。 東からの朝日を柔らかく拡散し、夏は白く、冬は暖かく、季節ごとの光を届けるスクリーンとして機能しています。
ふと忙しい朝に、この障子越しにぼんやりと光を眺めていると、不思議と心が凪いでいく感覚があります。 「ああ、おじいちゃんも昔、この障子を通して同じような光を見ていたのかな」 そう想像すると、時間の流れが少し緩やかになる気がするのです。
そして今、その横を子供たちが走り回っている。 祖父が見ていた景色を、僕が受け取り、さらに子供たちが無意識のうちに記憶に刻んでいる。 そうやって、光や景色を通して**「記憶のバトン」**が渡されていることに気づいた時、あの日、埃まみれになってガレージへ運んでよかった思うのです。
雑多なものを受け入れる、大らかな器
一方、襖は寝室や収納の建具として再利用しました。
新品の建具には出せない、和紙特有の重厚感と手触り。 こうした古いものが一つあるだけで、空間に太い芯が通ります。
「和の空間でもない空間に、そんな古いものを入れて合うのか?」 そう思われるかもしれません。
でも、私が目指したのは、特定のスタイルで統一された完璧なショールームではなく、**「良いものであれば、どんな要素でも受け入れてくれる包容力のある家」**でした。
時代を経た障子や襖が馴染む家なら、子供の描いた絵や、蚤の市で見つけた古道具が雑多に置かれても、きっと大丈夫。 「家が住まい手に合わせる」ような大らかさは、この古建具が作ってくれているのだと思います。
新品の建具には出せない、和紙特有の重厚感と手触り。 こうした古いものが一つあるだけで、空間に太い芯が通ります。
「和の空間でもない空間に、そんな古いものを入れて合うのか?」 そう思われるかもしれません。
でも、私が目指したのは、特定のスタイルで統一された完璧なショールームではなく、**「良いものであれば、どんな要素でも受け入れてくれる包容力のある家」**でした。
時代を経た障子や襖が馴染む家なら、子供の描いた絵や、蚤の市で見つけた古道具が雑多に置かれても、きっと大丈夫。 「家が住まい手に合わせる」ような大らかさは、この古建具が作ってくれているのだと思います。
性能と、空気感と。
リノベーションは、断熱や耐震といった「家の性能」を向上させるのが大前提です。 でも、その家独自の「空気感」や「落ち着き」を作ってくれるのは、意外と今回のような古い建具だったりします。
新品のカタログから選ぶのも楽しいですが、解体前の現場には、お金では買えない面白い素材が眠っていることがあります。 それを「ゴミ」にするか、新しい暮らしの「アクセント」として活かすか。
計画を変更する手間は少しかかりますが、それに見合うだけの価値が、古いものにはあると今回の自邸で再確認しました。
もし実家の片付けやリノベーションで「これ、残せるかな?」と迷うものがあれば、捨ててしまう前に一度声をかけてください。 現場の状況に合わせて、良い形で残す方法を一緒に考えましょう。
新品のカタログから選ぶのも楽しいですが、解体前の現場には、お金では買えない面白い素材が眠っていることがあります。 それを「ゴミ」にするか、新しい暮らしの「アクセント」として活かすか。
計画を変更する手間は少しかかりますが、それに見合うだけの価値が、古いものにはあると今回の自邸で再確認しました。
もし実家の片付けやリノベーションで「これ、残せるかな?」と迷うものがあれば、捨ててしまう前に一度声をかけてください。 現場の状況に合わせて、良い形で残す方法を一緒に考えましょう。